眩暈
触覚を無くしていた時期が有る故か、
ただ、ほんの少し触れるだけで眩暈がしそうになる時がある。
今日もそうだ。
彼女――命としては単なる戯れのつもりで抱き付いてきたのだろう。
でも、背中から感じた柔らかな感触は今日の俺には刺激が強過ぎて
気付いた時、俺の視界には覆い被さる俺の下から驚いた様子で見上げてくる彼女の瞳が有った。
「ごめん。」
はっとして、謝罪の言葉が思わず口を吐く。
すると彼女は伏し目がちに首を横に振り、
この口唇に優しく軽く触れるだけのキスをくれた。
そうして、ベッドまで待てずに
フローリングの上に横たえた命の口唇に舌を這わすと同時に
セーターを胸元までたくしあげる。
不思議と余裕が無かった。
ただ命を欲する一心で彼女を愛していく。
彼女の、ためらいがちにも聞こえる甘い吐息の一つ一つが火照った身体を更に熱くし、
その熱に犯されながら先を急ぐ指先は命を守る湿った布を剥ぎ取っていた。
とめどなく溢れ出てくる蜜を丹念に舐め上げてやると、彼女は「駄目」と言う。
こんなにも滴っているのに駄目な訳がないだろう?
そうこうしているうちに命は、何か、とてつもなく大きなものに飲み込まれていった。
華奢な身体を包み込むように抱き締めると、小さく震えながらこの胸に擦り寄ってくる。
そして、二人以外の誰にも聞き取れない声で囁くのだ。
愛の言葉を。
これ以上に愛しいものがこの世の中に存在するのだろうか。
ただ、ほんの少し触れるだけで眩暈がしそうになる時がある。
抱き締めて全身で、一番敏感なところで命を感じれば、尚の事。
でも、彼女にとってもそれは不慣れな刺激であるようで
正気と狂気の境を行ったり来たりしながら
俺たちは何ともぎこちなく律動を刻んでいく。
いや、むしろ俺は狂っているのかもしれない。
命から全てを奪いたくて、彼女の両手首を床に押さえ付け、自由を封じる。
俺を感じる以外、何も出来なくなれば良いと思った。
俺も命しか、感じられないから。
内に秘めていた彼女への欲望を全て吐き出した後、
抱いた彼女の白く細い手首に浮き出たほのかに赤い線が目に入った時、
俺はどうしようもない後悔に襲われた。
命を傷付けるつもりなんて無かったのに。
傷付けてまで彼女を抱くなど――
「痛かったよな…。ごめん。」
何の慰めにもならないと知りつつ、謝らずには居られない気持ちから手首にそっと口付ける。
それに対して命はくすぐったいような素振りをして、微笑みながら応えた。
「良いの… 私、凱にだったら…」
その先は何だか聞いてはいけない気がして、俺は命の口唇を塞いだ。
「そんなこと、言うなよ」
すると、今度は彼女に口唇を塞ぎ返される。
「だって…、本当のことだもん」
そして、どちらからとも無く互いに口唇を寄せ合う。
そうやって何度かキスを繰り返した後、
命は少し恥ずかしそうに俺を見上げてきた。
そして、俺の長い髪を指で一筋だけ梳かしながら視線を逸らす。
「ねぇ、凱…」
「…ん?」
「…じゃあ…今度は、優しくしてくれる…?」
まだ先の余韻を感じさせるような少し潤んだ瞳と
紅潮した頬で命は独り言の様に呟く。
何て顔をしてるんだ。
さっきまで、彼女を強引に抱いたことを後悔していた筈なのに
この心は、身体は、また彼女を求めようとしている。
本当は、少し怖い。
大切に想っている筈なのに、彼女を欲する気持ちが大きくなればなるほど
我を失っていく自分が。
また傷付けてしまうのは、嫌だ。そんなことは、決して有ってはならない。
――でも、もし
彼女も同じように求めてくれるのなら、
せめて…
「…あぁ。目一杯、な。」
ささやかな誓いを交わし、それを戒めとして密かに胸に刻み込んだ後
俺は命の左耳後ろに軽くキスを落とした。
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このSSは2008年の6月〜7月にかけて制作した気がします。院試前後だった気がする。
一度、「取り戻した触覚」をテーマに書いてみたいなとは思っていたのですが
これでは、凱兄ちゃん、ただ単に欲求不満なんじゃなかろうか。 …私の所為ですね。ハハハ。
直接的表現を避けて書いてみたら、妙に詩的になってしまいました。
実は結構前に完成していたのですが、作品の出来具合的に単品で上げる自信が無くて
他の作品の更新と一緒に出来る時を狙っていました(笑)
モドル
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